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【数学】数学の難問に挑む~ABC予想~

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ABC予想を証明したとする論文が受理された

2020年4月,望月新一教授(京都大学数理解析研究所)が「ABC予想」を証明したとされる論文が,国際的な 数学誌「PRIMSピーリムズ」に掲載されると発表され大きな話題となりました。

望月教授の論文は2012年に既に公表されていましたが,論文は646ページにも及ぶ斬新なアイデアを用いたもので,専門家たちによる審議が約8年間も続きました。

そのアイデアというのが,「宇宙際うちゅうさいタイヒミュラー理論」というものです。数学なのに,宇宙…!?という感じで,私などが到底理解できるものではありませんが,望月教授はご自身のブログで,欅坂46の「サイレントマジョリティー」の歌詞やメッセージが,この理論の内容・筋書に見事に対応しているとおっしゃっています。

 

 

「列を乱すなとルールを説くけど、その目は死んでいる」  
「夢を見ることは時には孤独にもなるよ」、  
「誰もいない道を進むんだ」、

という歌詞は、  

「'夢の不等式'を導くには正則構造(='列')を('乱して')放棄し、通常のスキーム論的数論幾何の常識(='ルール')が通用しない単解的な道を進むしかない」

というIUTeichの状況に(これまた見事に!)対応していると見ることができます。 

望月教授のブログ(新一の「心の一票」)より引用

 (望月教授のブログでは,他にも「逃げ恥」と研究との類似点についても解説されるなど,日常を独自の観点で捉えている記事が多くあります。)

今ある数学にとらわれずに,新たな視点で考え直せば道を切り開くことができる,といった感じでしょうか。 まさに誰もいない道を歩んできた望月教授だからこそ,サイレントマジョリティーの歌詞に深く共感されたのかもしれません。

さて,とにかく難解な「宇宙際タイヒミュラー理論」ですが,ABC予想の主張自体は,少し頑張れば理解できそうです。

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ABC予想とは?

ABC予想を理解する前に,「根基こんき」について知っておく必要があります。

nの根基(radical)とは ?

nを素因数分解したときにでてくる素因数を,それぞれ1回ずつかけたものをnの根基と呼び,rad(n)と書く。例えば

\begin{eqnarray}rad(8)&=&rad(2^{3})\\&=&2\end{eqnarray} \begin{eqnarray}rad(60)&=&rad(2^{2}\times {3}\times 5)\\ &=&2\times 3\times 5\\ &=&30\end{eqnarray}

聞き慣れない用語ですが,具体的な数字を当てはめてみると分かりやすいですね。
さて,それではいよいよABC予想がどんな内容なのか見ていきましょう。

 

ABC予想

a+b=cを満たす互いに素な自然数の組(a,b,c)に対し,d=rad(abc)とする。
このとき,任意の実数ε >0に対して,c>d^{1+ε}を満たす(a,b,c)の組は高々有限個しか存在しない。

ε(イプシロン)などがでてきて少しややこしいので,とりあえずdのままの場合を考えてみましょう。

  • (a,b,c)=(1,2,3)のとき:\begin{eqnarray}d&=&rad(1\times 2\times 3)\\ &=&2\times 3=6\end{eqnarray}よりc<d
  • (a,b,c)=(4,9,13)のとき:\begin{eqnarray}d&=&rad(4\times 9\times 13)\\ &=&rad(2^{2}\times 3^{2}\times 13)\\ &=&2\times 3\times 13=72\end{eqnarray}よりc<d

c>dになんてならないのでは?と思いきや...

  • (a,b,c)=(1,8,9)のとき:\begin{eqnarray}d&=&rad(1\times 8\times 9)\\ &=&rad(1\times 2^{3}\times 3^{2})\\ &=&2\times 3=6\end{eqnarray}よりc>d

大抵の場合はc<dとなりますが,3つ目のようにうまくとれば,c>dとすることができました。
実際,c>dとなる組はかなりめずらしいものの,無数に存在することが証明されています。

それが,dを少し贔屓してやって,d(1+ε)乗,つまり「1よりも少しでも大きい乗」してあげれば,無限個存在することはないのでは?というのがABC予想の主張です。ではこのABC予想が証明されると,何がうれしいのでしょうか。

ABC予想とフェルマーの最終定理

実は数多くの数論が,ABC予想を用いることで証明できるとされています。 前回の記事で取り上げたフェルマーの最終定理もその1つです。

 

new-media-test.hatenablog.com

 

ただし,望月教授が証明したこのABC予想は,「弱いABC予想」とされており,フェルマーの最終定理を導くために必要なのは,以下の「強いABC予想」と呼ばれるものです。

強いABC予想

a+b=cを満たす互いに素な自然数の組(a,b,c)に対し,d=rad(abc)とする。
この時,c<d^{2}となる。

以下は,仮に強いABC予想が証明されたとして,フェルマーの最終定理を証明してみましょう。証明には,背理法を用います。

証明

【問】次の方程式はn≧3で自然数解をもたないことを証明せよ。
   x^{n}+y^{n}=z^{n}

※フェルマーの最終定理において,n=3,4,5の時は自然数の組(x,y,z)が存在しないことが既に証明されていることを前提とします。

【証明】

x^{n}+y^{n}=z^{n}を満たす自然数(x,y,z)が存在すると仮定する。
互いに素な自然数(x,y,z)を考えればよい。(もし互いに素でなければ,最大公約数で割ればよいため)
(強い)ABC予想よりz^{n}<rad(x^{n}y^{n}z^{n})^{2}となる。
\begin{eqnarray}z^{n}<rad(x^{n}y^{n}z^{n})^{2}&=&rad(xyz)^{2}\\ &\leqq&(xyz)^{2}\\&<&(z^{3})^{2}\\&=&z^{6}\end{eqnarray} z>1より,1≦n<6
よって、x^{n}+y^{n}=z^{n}は、n=1,2,3,4,5のとき成立する。
しかし、n=3,4,5の時は成り立たないことが既に証明されている。
したがって、3以上の自然数nに対してx^{n}+y^{n}=z^{n}は成立しない。■

証明に350年以上かかったフェルマーの最終定理が,強いABC予想を認めるとわずか数行で証明できてしまいます。

c<d^{2}が常に成り立つかどうかは,今回の望月教授の論文では証明されていませんが,ABC予想はフェルマーの最終定理とも密接に関わっていることがわかります。

まとめ

未解決問題のうち,以下の7つの問題はミレニアム懸賞問題と呼ばれており,クレイ数学研究所によってそれぞれ100万ドルの懸賞金が懸けられています。
何とも夢のある話ですから,「俺が解いてやる!」と名乗り出る,将来有望な生徒も中にはいるかもしれません。
高校で学ぶ数学の先には,広い世界が広がっていることを感じるきっかけになるのではないでしょうか。

ミレニアム懸賞問題
  • ポアンカレ予想(グレゴリー・ペレルマンにより解決済)
  • リーマン予想
  • P \neq NP予想
  • ヤン-ミルズ方程式と質量ギャップ問題
  • ナビエ–ストークス方程式
  • ホッジ予想
  • バーチ・スウィンナートン=ダイアー予想

2022-04-12追記,Nスペで望月教授が特集されました。

www.nhk.jp

参考書籍・サイト