
2026年春に第一学習社が発行した改訂版「国語便覧」の漢文新規特集「古代中国人の暮らしと考え方」。その華やかな紙面の影には,編集会議で惜しくも不採用となり,こぼれ落ちてしまった数多くのネタたちがいた…。
カラー版 新国語便覧 (2026年版) | 第一学習社 - 学参ドットコム
本記事では,ボツになったけど実はおもしろい,これらのネタたちを一挙大公開いたします!
- 科挙の恨みは恐ろしい? 深すぎる落第生の闇
- 優雅な趣味の裏にある,狂気的なこだわり
- 旅行・グルメ,そして「働く隠者」という矛盾
- 何でもペアにしちゃう! 古代中国人の独特な思考回路
- 最新の便覧への期待が高まる…
うさぎさん,改訂版「便覧」の新規特集,すごくよかったよ!
昔の中国人の生き方とか考え方とかがわかって,「こんな人たちが書いた漢文ってどんなのだろう?」って読みたくなった!
ありがとうございます! 漢文に興味を持ってもらうために作ったページですから,そう思ってもらえたなら編集者冥利に尽きますね。
ところで小耳に挟んだんだけど,今回の新規特集の編集作業では,紙面に載せる内容を決めるのがたいへんだったそうだね。
そうなんですよ~。
このページを執筆してくださった先生が,使えそうなネタを最初にたくさん挙げてくださったんですが,それがどれもおもしろくて。どれを採用するのがベストか,先生と相談しながら考えるのにとても苦労しました。
惜しくもボツになったネタってどんなの? すごく気になる。
おもしろいといっても所詮ボツネタですからね。人に見せるのはちょっと…。
そこをなんとか! 『キングダム』の最新刊貸してあげるからさ~。
しかたないですね~。今回だけ特別ですよ~ww
(単純な奴よ)
科挙の恨みは恐ろしい? 深すぎる落第生の闇
まずは「人生を賭けた就職試験」のコーナーに関連したところから。
科挙のことだね。
合格に対する知識人たちの執念はとにかくすさまじかったようだね。

唐代では,詩文を作る「進士科」の試験に受かるのが受験生の夢でした。ただ,そこで合格しても,その後にまた「制挙」っていう吏部(人事をつかさどる官庁)での別の試験に受からないと,正式な役人にはなれなかったんです。
現代の就活より圧倒的にムリゲーすぎる…。
あまりの過酷さに,落第者が当時の王朝を逆恨みして大反乱を起こしたりもしました。
便覧には「黄巣の乱」が載ってたね。
黄巣の乱(コウソウノラン)とは? 意味や使い方 - コトバンク
黄巣の乱の後にも,白馬の禍という同様の事件が起こっています。
ハクバノカ?
唐の節度使(地方長官)だった朱全忠が,科挙の落第生だった腹心の部下の李振にそそのかされて,当時の高官30余人を白馬駅で殺害し,遺体を黄河に遺棄した出来事です。
無茶苦茶だろ。
この事件によって朝廷の主要な勢力が一掃され,王朝は滅亡に向かいました。
科挙の恨みが深すぎる。
ちなみに李振は,殺害した高官たちが自分たちのことを「清流(=高潔な人物)」と言っていたので,「黄河に投げ込んで永遠に濁流(=卑俗な人物)にしてやりましょう。」と言って朱全忠をあおり,朱全忠は笑って従ったそうですよ。
ブラックジョークの才能はあるようだ。科挙に合格できるかどうかは,本当に人生の一大事だったんだね。
まあ,受かっても旧来の貴族との派閥抗争がありますし,合格したら人生イージーモード,というわけでもなかったようです。
戦い続ける宿命なんだね。
でも,出世できない役人や落第生たちが,その鬱憤を政治風刺の文学にぶつけたからこそ,今に伝わる多くの名作が生まれたというよい側面もあるんですよ。
文学とは文学者を苦悩で圧搾して出来るごま油みたいなものみたいなのをどっかで読んだ気がする。
順風満帆なリア充の随筆ほど底の浅いものはないですね。
優雅な趣味の裏にある,狂気的なこだわり
明るい話題に変えましょう。昔の知識人にとって,余暇の過ごし方である「琴・棋・書・画」は教養そのものでした。
「琴(=音楽)」でいうと,東晋の陶潜がやっていた,弾くマネだけして楽しむ「無弦琴」なんてのがあったとか。

さしずめエアギターならぬ「エア琴」でしょうか。
マジで琴持ってるだけじゃん。金爆※ですら弦は張ってるぞ。
※ゴールデンボンバー
もともと占星術から生まれた「棋(囲碁・将棋)」は,後に武人の戦術シミュレーションの手段として愛されました 。
木こりが森の中で,仙人たちの打つ囲碁の観戦に夢中になりすぎて,気がついたら斧の柄が腐るほど時間が経っていたという「爛柯(らんか)」の話も有名です。
異世界訪問譚だね。浦島太郎みたい。
唐の皇帝のお抱え棋士である顧師言が,日本から来た王子と対局したエピソードも熱いです。
日中文化交流だなあ。
鎮神頭(顧師言が日本の王子との対局で用いた妙手)
「書(書道)」は,科挙の答案作成に必須であった端正な文字を習得するという実用面もありましたが,芸術としても極まりました 。
「書聖」と仰がれる東晋の王羲之の書を愛しすぎた唐の太宗は,勅命を出して全国から彼の真筆を集め,自分の陵墓に副葬させてしまったほどです。
うーん独占欲が強すぎる。よくないコレクターだ。
老僧が隠し持っていた王羲之の傑作『蘭亭序』を,太宗の密使が巧みな心理戦を仕掛けて奪い取る場面を描いた,中村不折の『賺蘭亭図(だまし取られた蘭亭序の図)』という名画があるのですが,紙面に載せるかどうか最後まで悩みました。
唐代には,酔っ払うと大声で叫んで走り回りながら草書を書いたり,自分の髪の毛に墨をつけて字を書いたりした,張旭(ちょうきょく)という風変わりな書家もいました。
現代アートにありそう。
「画(絵画)」の世界でも,唐の王維に始まる文人画の伝統がありますが,明や清の時代になると,それを売って生計を立てる職業作家も増えました。
中国の知識人って,優雅な文人趣味に浸っていたってイメージだけど,掘り下げていくとなかなかカオスな面があるんだね。
旅行・グルメ,そして「働く隠者」という矛盾
「優雅な文人趣味」という言葉がありましたが,中にはアクティブな人たちもいました。
司馬遷は『史記』を編纂する前に,見聞を広めるため中国全土を巡りましたし,仏僧の法顕や玄奘はインドへ求法の旅に出ました。漢の武帝の命で西域に旅した張騫(ちょうけん)は,黄河を筏で遡って天の川まで行ったという伝説があります。
遠くまで行きすぎでしょ(笑)

旅といえば,旅立つ友人を見送る漢詩を習ったことがあるなあ。「あと一杯,あと一杯」って酒を勧めるやつ。
王維の「元二の安西に使いするを送る」ですね。教科書の定番教材です。
そうそう,それそれ。そういえば酒も,漢文の重要アイテムだよね。
はい。酒は「忘憂之物(憂いを忘れさせてくれるもの)」として,文人が本音を漏らす詩に多く取り上げられました。
酒の勢いで誤爆するSNSみたいなものかな。酒についても何かおもしろいネタある?
隠語エピソードとかどうでしょう。三国志でおなじみの曹操が禁酒令を出したときに,酒好きの者たちはバレないように清酒を「聖人」,濁り酒を「賢人」と呼びました。
さっきの清流と濁流もだけど,どうしてか隠喩が好きだよねえ。
そういう文化なんですよ。時の指導者とかを喩えて・・・おっと誰か来たようだ
この話はやめておこう
さて唐代には,西域の美人がいるバー(胡姫の酒肆)で輸入ものの葡萄酒を飲むなんていう,かなりモダンな光景もありました。
便覧の「漢詩概説」ページに載ってる王翰(おうかん)の「涼州詞」に「葡萄の美酒 夜光の杯」ってあるけど,異国情緒漂う句ってことになるのかな。
そのとおりです! いいところに目を付けますね! いっしょに漢文の編集やってみません?
本事案につきましては可及的速やかかつ,前向きに検討させていただきます。
そういえば今回の新規特集には,Q&A形式で料理の話題も入れてたね。あれもなかなか新鮮だった!
食べ物も,唐代にはすでに餃子やワンタン,うどんがあったそうですよ。あと焼餅とか。
やきもち?
普通は中国語読みで「シャオビン」と読みます。「餅」は,小麦粉を使って平たい円形に作った食べ物です。

「板橋三娘子」という小説には,客に焼餅を食べさせてロバに変える妖術を使う女性が登場します。
板橋三丁目のスナックが舞台の話だね。
そうそう,あそこのママには私もずいぶんお世話に……って違うわ!!
ナイスノリツッコミ

冗談はともかく,旅行したりグルメを堪能したり,漢文ってお堅い内容のものが多いけど,昔の中国人もしっかり日常や余暇を楽しんでたんだね。
はい,余暇はどの時代も大事です。
そうした世俗の楽しみを謳歌する一方で,彼らは常に「隠者」への憧れを抱いていました。
そうそう隠者! 漢文でときどき出てくるけど,「結局何者?」ってずっと思ってたんだよね。それが今回の新規特集を読んで,すごくよく理解できた!
便覧では,文字どおり「世を捨てて身を隠していた人たち」のこととして紹介しました。でも実は,役人として俗世でバリバリ働きながら,心の中では「本当の自分は隠者なんだ。」と思って暮らしていた人もけっこう多かったんですよ。
自認隠者さん
勤務中は儒家思想に拠りながらビシッとする一方,余暇などにほっと詩作に耽るときには,老荘思想的なゆったりとした心情を詠じる,とか。
平日は会社員として忙しく働き,週末はソロキャンやサウナで自分を取り戻す現代人みたいだね。
そのたとえが適切かはわかりませんが,人間臭いですよね。
いい友だちになれそう。
何でもペアにしちゃう! 古代中国人の独特な思考回路
まだ紹介してないネタある?
中国人の「思考スタイル」が残ってます。
ペアが大好きってやつか! ふだんよく目にするラーメン丼の模様に中国人の思考スタイルが表れている,っていう新規特集の説明には目から鱗が落ちる思いがしたよ。
高校生にも親しんでもらえるように,身近な題材を取り入れた甲斐がありました。
中国人の考えるペアって,対照的なものが並ぶことが多いんだよね?
そうですね。一方がプラス要素なら,もう一方はマイナス要素,みたいな。
文学では,それが対句として現れます。
出た対句! 漢詩の授業で「対になってる句はどれか?」って何度も聞かれたな~。
漢詩は対になる句の位置が決まってますからね。規則の理解を問う問題がよく出ます。
漢詩以外では対句は使われないの?
たとえば魏晋南北朝から唐代の中頃まで主流の文体だった四六駢儷文(駢文)には,たくさんの対句が使われています。
駢文以外の文章にも,対句は使われることがあります。
たとえば後漢の応劭の『風俗通義』に出てくる「2人の求婚者に迫られた娘」の話。ある娘に2人の男が求婚しました。その特徴を記した原文がこちら。

「東の家の男はブサイクだけど金持ち」,「西の家の男はイケメンだけど貧乏」ってことかな?
正解です。文の構造が同じで,それぞれ対照的な内容になっていますよね。
さてこの娘は,「2人のうちどちらかを選べ」と親から言われ,次のように答えました。

ん? 前後の句で文字の数が違うね。対句になっていない?
「~したい」という意味を表す最初の「欲」は,続く「東家食,西家宿」全体にかかる言葉なので,いったん無視してください。「東家食」と「西家宿」,対になっていませんか?

本当だ! なってる!
娘は「〔昼は〕金持ちの家でご飯を食べて,〔夜は〕イケメンの家で寝るわ」と答えたというオチですね。
オチが対句って,なんだかオシャレだね。
対句は強調表現でもあるので,重要な内容を表すところで使われることがけっこうあるんですよ。
入試問題では,傍線部分や空欄部分が対句の一部になってたりすることもあるので,対応関係を押さえれば解答することができます。
高校生には耳よりな読解テクニックだね。
しかし時代背景からしても,堂々不貞宣言はなかなか肝が座ってるな。
親としてはこういう時,どう返すのが適切なんですかね?
知らんよ…。
最新の便覧への期待が高まる…
いやー,ボツネタって聞いてたから正直あんまり期待してなかったけど,めちゃくちゃおもしろかったよ。ありがとう!
自分も話してるうちにどんどん楽しくなっていきました。
最新の便覧には,こうしたボツネタたちの屍を越えていった良質ネタが掲載されてるわけだ。
ええもちろん! 新規特集「古代中国人の暮らしと考え方」を通して, 1人でも多くの人が漢文の世界に興味を持ってくれることを願っています!
カラー版 新国語便覧 (2026年版) | 第一学習社 - 学参ドットコム