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【ざっくり分かる】2021年度ノーベル自然科学3賞と高校理科の接点

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© Nobel Media. Photo: Alexander Mahmoud.

2021年度ノーベル自然科学3賞について

2021年度のノーベル自然科学3賞(生理学・医学賞,化学賞,物理学賞)が発表された。それぞれどのような研究に対して贈られたのか,高校理科との関わりはいかようか,ざっくりみていこう。

ノーベル生理学・医学賞

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Ill. Niklas Elmehed © Nobel Prize Outreach

2021年の生理学・医学賞は,温度や痛みの知覚に関与する受容体(TRPV1)を発見したデビッド・ジュリアス,そして触覚に関与する受容体(PIEZO1, PIEZO2)を発見したアーデム・パタプティアンの2名が受賞した。

これだけ聞くとピンとこないが,TRPV1は唐辛子の辛み成分であるカプサイシンの受容体でもある。そう聞くとなんだか身近な存在に思えてくるような気がしませんか?

高校の「生物」では,「動物の反応と行動」という分野で,「外界からの刺激を感覚細胞という特殊な細胞が感知し,その刺激が電気信号に変換される。こうして生じた電気信号が,神経を介して脳に伝えられ,『熱い』や『痛い』といった感覚が生じる」といったことを学習する。

今回の研究は,温度・痛みの知覚と触覚に関して,外界からの刺激を電気信号に変換する物質を最初に発見した,という点が評価されたようだ。

詳細はこちら(英語)

www.nobelprize.org

また,今回受賞対象となった研究で発見されたTRPV1,PIEZO1,PIEZO2は,いずれもイオンチャネル型受容体と呼ばれるタンパク質である。イオンチャネル型受容体は,高校生物の「細胞と分子」という分野ですこし学習する。もちろん,これらのタンパク質を直接扱うわけではない。

また,今回のノーベル賞は高校生物と直接的な関係はないものの,ハ虫類の性決定に,TRPV1とよく似たタンパク質が関与することが報告されている。

ハ虫類では,卵の置かれている温度によって,生まれてくる個体がオスになるかメスになるかが決まる,という現象が知られている。そして,ミシシッピーワニという種の性決定には,TRPV4というタンパク質が関わっているらしい。

www.nibb.ac.jp

ミシシッピーワニの性決定については,弊社の『スクエア最新図説生物』でも取り上げている。

「温度によって性別が変わる」というキャッチ―な話題から出発して,今回のノーベル生理学・医学賞につなげると,少しは高校生にも興味をもってもらえるだろう。

 

ちなみに主題からズレるが,日本語では「ノーベル生理学・医学賞」と「ノーベル医学・生理学賞」という表記が混在している(「・」の有無も場合によりけり)。

公式サイトでは「The Nobel Prize in Physiology or Medicine」と表記されているので,「ノーベル生理学・医学賞」の方が適切なのだろうか・・・?

 

ノーベル化学賞

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Ill. Niklas Elmehed © Nobel Prize Outreach.

2021年度のノーベル化学賞は,不斉有機触媒を発見したベンジャミン・リストとデヴィッド・マクミランに贈られた。

www.nobelprize.org

触媒とは

反応速度を大きくするが,反応の前後で変化しない物質(『九訂版 スクエア最新図説化学』p.137)

である。不斉有機触媒の発見以前は,触媒には大きく2種類しかないと考えられていた。金属を用いた触媒と,タンパク質を主成分とした触媒(酵素)である。

たとえば,生物基礎では,「過酸化水素の分解が酸化マンガン(IV)やカタラーゼによって促進される」という内容を学習する。この反応で使用される酸化マンガン(IV)は金属を用いた触媒であり,カタラーゼは酵素である。

 

では,不斉有機触媒とはどういうものか。

簡単に説明すると「金属を含まない低分子有機化合物で,鏡像異性体の一方を選択的に合成できる触媒」ということになるらしい。

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鏡像異性体の例:乳酸/すじにくシチュー, CC0, via Wikimedia Commons

鏡像異性体の一方を選択的に合成する方法を不斉合成といい,2001年には,l-メントールという物質の不斉合成に利用可能な触媒を開発した業績で,野依良治がノーベル化学賞を受賞している。

不斉合成に用いられる触媒(不斉触媒)は,それ単体でノーベル化学賞を受賞するほどインパクトがある。加えて,金属を用いた触媒でも酵素でもない低分子有機化合物が触媒活性をもつことを発見したのが,今回のノーベル化学賞の受賞の決め手となった。

 

ノーベル化学賞受賞の背景や鏡像異性体については,以下のページで詳しく解説されている。

 

今回のノーベル賞受賞者であるリストによって,プロリンというアミノ酸が不斉有機触媒として機能することが報告されている(実際には,リスト以前にプロリンの触媒活性を報告した研究者がいたらしい。興味があればノーベル賞公式サイトへ)。

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プロリンの分子モデル。灰色は炭素,赤は酸素,青は窒素,白は水素を示す。アミノ基をもたないが,これも立派な(?)アミノ酸。

プロリンといえば,タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のうちの一つであり,自然界にごくふつうに存在する物質である。そんなありふれた物質が,ノーベル化学賞受賞のきっかけとなったというのは,大変興味深い話である。

 

・・・ただ,残念ながら高校理科では,不斉有機触媒を学習することはない。

しかしながら,化学では,さまざまな物質の工業的製法に金属を用いた触媒が用いられることを学習する(オストワルト法で用いられる白金や,接触法で用いられる酸化バナジウム(V)など)。生物では,前述のカタラーゼに加え,DNAポリメラーゼ,制限酵素等々実にさまざまな酵素を学習する。今回のノーベル化学賞受賞のきっかけとなった「プロリン」も,アミノ酸の一種として,生物や化学で取り上げられる。

直接に不斉有機触媒を学習することはないとはいえ,関連する内容はあちこちに散らばっており,ちょっとした小話にはなりそうである。

(こういうところから入試問題を予想するのも楽しいかもしれません)

 

ノーベル物理学賞

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Ill. Niklas Elmehed © Nobel Prize Outreach

もっとも国内で話題性があったのは物理学賞だろう。

これを最後にした理由は単純で,高校で学習する内容と関連付けるのがなかなか難しかったからである。

2021年度のノーベル物理学賞は,シミュレーションにより二酸化炭素濃度の上昇と地球温暖化の関連を示した真鍋淑郎(まなべしゅくろう)とクラウス・ハッセルマン,そして,無秩序で複雑な物質のなかにも規則性があることを見出したジョルジオ・パリージの3名に贈られた。

どちらも,高校物理で直接的には扱われることのない内容である。

アメリカ国籍を取得した「日本人」として日本のメディアで賞賛されている真鍋氏,およびハッセルマン氏の研究は気候変動に関するもので,ノーベル物理学賞を贈られる研究としては「おや?」と思った方も多いのではないだろうか。

実際,気候分野でノーベル物理学賞を受賞するのは初とのことである。近年の環境問題に対する意識の高まりを受けたメッセージも含まれているのかもしれない。

新学習指導要領でSDGsが意識されていることを受けて,さまざまな科目の教科書や資料集で,SDGsが取り上げられている。ご存知のとおり,SDGsの17の目標のうちの一つは「気候変動に具体的な対策を」というものである。

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目標13「気候変動に具体的な対策を」

SDGsとの関連で,さまざまな科目で今年のノーベル物理学賞について取り上げることができそうではある(なお物理単体では,地球温暖化に触れる機会がほぼないはずなので,公共や地学などのほうが科目的な相性がいいかもしれない・・・)

おわりに

なんだかんだで,今年のノーベル自然科学3賞のなかでは,地球温暖化関連の研究でのノーベル物理学賞の受賞が目を引く(「日本人」が受賞したわけだし)

地球温暖化については教科横断的に取り上げられるトピックである。一口に地球温暖化といっても,生態系の保全や,海水面上昇にともなう国土の消失,炭素税の導入などなど,さまざまな分野,さまざまな視点から注目されているであろう。

「地球温暖化」というキーワードのもとに,色々な話題を関連付けて学ぶというのは,いかにも新課程らしいのではないだろうか?