第一コラムラボ

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【編集は語る】第一学習社 国語課のディープな座談会『国語便覧』〜後編〜

理想の便覧を求めて



本記事は『国語課の編集者が語る国語便覧座談会』の様子です。

便覧。それは教科書でも問題集でもない書籍。

授業ではそんなに使った記憶はないし,記憶に残っているのは厚く重いということくらいという方もいらっしゃるかもしれません。

しかし国語便覧はとても国語編集の熱量がこれでもかと凝縮された珠玉の一冊ということがわかりました。

『大人になってから便覧の価値に気がついた』そういう声も少なくありません。

本記事はその熱と魅力を伝えるために,現代文・古文・漢文がそれぞれ専門の国語の若手編集3名に来ていただき,便覧について語ってもらいます。

今回は『国語便覧とサブカルチャー』を中心に話題とした前編,『国語便覧とデジタル化』を中心に語った中編に続いて,『便覧のここが推し』を各担当者に思うがまま話してもらいました。

columnlab.net

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現代文推しPOINT

 

ちょっとしたデザイン

 

では,現代文の推しポイントをお願い致します。

じゃあ僕から。「主要評論テーマの変遷」を3段階で示したページです。

主要評論テーマの変遷

これはどのようなポイントが推しなのですか?

文学は,文学史という形で流れを追うことができますが,評論についてはそういったことがあまりないですしね。

思想史とかが近いのかな,確かに評論史とはあまり聞かないですね。

評論における流れを概観できるので教養にもなるし,勉強や読書の際のとっかかりとしてすごくよいと感じました。

あと解説文を囲む枠が時代の「っぽさ」を表していておもしろい。デザインってすごいなって。

1970~80年代は紙,1990年代はちょっと古めのパソコン風,最新ではタブレット風ですね。

意匠もですけど,文章が枠いっぱいに埋まっている率の高さとか,地味にすごいなと思ったりしました。

限られた紙面をやりくりする職人芸!

 

文豪と顔

 

「近現代の文学」をまとめているページにある,「戦後のベストセラー」という表。ここは本当におもしろい本の宝庫です!

ラインナップと出版年から近現代の世相もなんとなく香りますよね。

そうですね。どれも読みごたえがあります。

戦後のベストセラー

わたしが中学生のときに激ハマりした三浦綾子さんの『氷点』。「親の生まれ年くらいのベストセラーだったんだ!」と新たな気づきも得ました。

www.hyouten.com

 

主要な文豪を一人ひとり紹介するコーナーには,経歴・出来事と一緒にその時の顔写真が載っていて歴史と人生が感じられます。

本座談会<前編>でも話題になった文スト・文アル的な視点でも要注目かな。

ですね~。文豪その人が成長していくさまも感じることができて,その人の生い立ちに没入できるのが好きです。

芥川はいくつになっても顔がいいっすね。

芥川龍之介/パブリック・ドメイン

 

芥川といえば彼が友人に出した年賀状!載せていますが,これは強烈な印象でした。

どんな感じなんです?

ドイツ語で「新年のご多幸をお祈りします。」と書いた下に,おっさん2人が豚にまたがって野原を駆けている絵を描いてあるんです。

なにそれちょっと怖い

あしたのジョーの脱走シーンかな?

豚はドイツの縁起物で,幸運の豚(Glücksschwein)というそうです。たぶんそれかと。

young-germany.jp

 

おっさんは煙突掃除夫かな?勉強になるなぁ。

イケメンといえば,29歳の夏目漱石と『禽獣』執筆のころの川端康成も推したいですね。

そうそう,顔といえば正岡子規のまっすぐ向いた顔は便覧で初めて見ました。

正岡子規/パブリック・ドメイン

 

正岡子規といえば哀愁ある横顔だよね。

子規の自画像がゆるカワイイんですよ。

正岡子規 自画像 - Google 検索

味がある。

 

表現の学習=使える知識

 

「表現の学習」の章から「対比・類比」や「原因・結果」など,論理構造について解説するページのこだわりを語りたいです。

どんなこだわりが?

単純ではあるんですが,実際の評論の一部を載せて,構造を解説しています。

構造の理屈を実際の文章で見ることで理解が進みますね。

評論を読むというのは「生きた知識」です。実践するときにも想起しやすいんじゃないかな,と思ってます。

「封筒の書き方」「便箋の折り方」とか,大人になっても使える知識がありがたいですよ!

わかる!就職してからも時々参照してお世話になってます。

大人の一般常識

偉い人との中華料理の会食の前に,中華料理店での上座と下座をこのページで勉強して臨んだことがあります。

それは本当に役立ったと言える。

マナーの類は強要されるものじゃないけど,知ってても損にはならんね。

 

 

古文推しPOINT

 

くずし字

 

これは推しというか特殊な楽しみ方になるんですけど…

お,マニアックな話。

中古・平安時代の作品の冒頭に,その写本などの紙面が載っていますが,当然全部くずし字なんですよ。

でも,わたしは大学でくずし字を学んだ!読める箇所も多い!自己肯定感が爆上がりします!!

わかる。『読める!読めるぞぉ・・・!』って感じですよ。

めちゃくちゃ自慢入りました。

こういう優越感は大学で国文学を触った副産物ですよ。

最近はくずし字を読めるサイト・アプリなどもあるので,ぜひそのまま読んでみてください!意外と楽しいですよ!

ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センターが開発したアプリ。Android版とiOS版対応で,アプリの利用は無料。codh.rois.ac.jp

 

こんなんあるんですか。

民主化されたテクノロジーが文化の裾野を広げる好例ですね

 

奔放な生命力という語彙

 

『伊勢物語』で,在原業平が「奔放な生命力」という語彙で紹介されているのがいいな,と思います。

伊勢物語/国立国会図書館

奔放な生命力・・・。

実際は恋多き男というだけなのですが,「奔放な生命力」って言ったらなんか高尚な感じがする。

―――便覧では言葉の選び方も学べますね。

要するにヤリt

あ・・・やめて!

それ以上いけない

 

年表はどれもおすすめ

 

年表系はどれもいいですよね。推せる。

『源氏物語』と『大鏡』の年表あたりは読み返してほしい。絶対に損させない。

源氏物語 年表

試験にもよく出ますしね。

源氏年表は各巻の主要な出来事が載ってて,これ読んだらほぼ本編をさらえるのがいい。

本当におおまかだけど,どういう出来事があったっていうのを知れるので,「時短&お手軽に『源氏物語』読破」と言っていいのでは!?

忙しい人向けファスト源氏物語

源氏は知識として入試とかいろんなことに活きてくると思うのでオススメです。

光源氏の年齢を横軸に,並行している各巻もきちんと示しながら,全体の流れを追っていくこのページを最初に製作した人はすごいと思う…。

『大鏡』年表は,当時の政治・権力闘争のドロドロが簡潔にわかるのがいい。

左遷とか「弟に官位を越され憤死」とかなかなか凄い文が淡々と並ぶ。

僕は,宇多天皇が「即位前,業平と相撲をとり椅子を破損」のところで笑ってしまいました。

ラッコ鍋でも食ったんか。

 

 

漢文推しPOINT

 

みんな大好き『キングダム』

 

真っ先に思い浮かぶのは『キングダム』関連。

www.youtube.com

 

まぁそうなるよね。

みんな大好き『キングダム』

『キングダム』に出てくる登場人物はたくさん漢文作品に出てくるので,もちろん便覧にも登場します。

『キングダム』は創作だけど,史実ではどうだったのか気になるよね。

藺相如とか呂不韋とか李斯とか。

呂不韋と言えば,彼は『呂氏春秋』を編纂していますね。

いろんな知識を集積した百科事典みたいなものでしたか?

はい,諸子百家の色々な知識を統合する雑家という学派の代表的書物です。

百科事典みたいというと,プリニウスの『博物誌』を思い出すけど,あれよりも古い※んだよね。

※ガイウス・プリニウス・セクンドゥス(Gaius Plinius Secundus,23年 - 79年)。秦の中華統一は紀元前221年なので,200年近く古い。

作中にもあった宰相就任前の『奇貨居くべし』は彼の才能を凝縮したようなエピソードですね。

kotobank.jp

 

『キングダム』を読んでいる今,より人物像に敏感になって作品・便覧を読むことができて楽しいです。

もはや便覧というより『キングダム』を推してるよね。

 

漢詩概説

 

漢詩概説は良いですね。思い入れがあります。

漢詩概説

高校生向けにしては詳しすぎるんですよ。

それ褒めてる?

褒め言葉です!ちなみに私は大学院進学のときに使いましたもん。

院試のときに,自分の専門ではない分野の知識をざっと総ざらいするために,第一学習社の便覧を古本屋で購入しました。

今やその便覧を作る側だからね。

感慨深いものがあります。

 

最後に。

 

参加者の野望

 

今後,便覧に携わるとしたらやりたいことってあります?

「主要小説家一覧」などの中に,自分の好きな本・作家がなかったとき,「ああ!◯◯もいい作品なのに!!!」って思うことがあります。

あ~これはありますね!

もっと載せたい欲というのは他教科の図説でも聞きますね。

もし担当者になったらなんとか紙面をやりくりして入れてやるのに…。

作家紹介のコーナーに小野不由美さんや三浦綾子さんがほしいです。

あと,多和田葉子さんの扱いももっと大きくしたい。

綾辻行人さんの欄に,「妻は『十二国記』の作者の小野不由美」と入ってますね。

そうじゃなくて~主上単体で掲載したい!

便覧でモルカーの特集が組めれば関連作家で取り上げることは出来る。

togetter.com

そうなんだけど,そうじゃなくて。

ちょっと本気で野望語っていいですか。

いいよ。

「近世の戯作」って2ページ分くらいしかページがないので,代表的な作品や作家しか載っていないんですが,もっとおもしろい話はいくらもあるのにな…とは思っていましたよ。

滝沢馬琴でいえば,「馬琴=読本」というイメージがあるので,『南総里見八犬伝』とかの「読本」に分類される作品しか載せていないんですが,馬琴自体は「黄表紙」や「合巻」も無数に書いています。

その中には『傾城水滸伝』。あ、これは水滸伝に登場する人物の性別を男女逆転させたお話なんです。

内容は,例えるなら史実の武将を美少女化して,てんやわんやですよ。もう絶対面白いに決まってるじゃないですか,こういうのも掲載したいですね。

傾城水滸伝 - Wikipedia

 

あと,私は大学時代は,馬琴より山東京伝の文章をよく読んでいたので,『心学早染草』も載せたい。

心学早染草/黄表紙百種(国立国会図書館)

心学早染草とは - コトバンク

黄表紙百種 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

これは登場人物の心の揺れ動きを,挿絵に善玉と悪玉として描いてバカ売れした黄表紙ですね。

あと『孔子縞于時藍染』も是非。

人々がお金を欲しがらず,むしろほかのひとに譲りたがる,という価値観逆転世界を描いた黄表紙なんですが,これも紹介したい

価値観逆転世界なんて近年のラノベに近いDNAも感じますよね。

《孔子縞于時藍染》とは - コトバンク

 

こういったとんでもない話をあらすじだけでも紹介できれば,興味をもってもらえるのに…

まぁ紙面の都合で難しいけど,そんなの載せられるはずないけど…とかは思っていました。

長いよ。

でもパッションは伝わった。

僕は南北朝,宋,元,明,清あたりの作家・作品解説をもっと充実させたいです。

今のは春秋戦国,漢,唐,宋あたりに内容が偏っているので。

便覧だからこそ,広く採り上げたいという思いはあるんですけどね。

あと漢文のジャンルごとに,典型的な文章の展開・構成を解説したコーナーとかも載せたいなぁと。

それ,おもしろそう。

実は新刊の『ダブルマスター古典文法+漢文句形』にそのようなページを入れました。

紙面イメージ

 

>>>ダブルマスター古典文法+漢文句形 資料(PDF)

 

構造で分かるのいいなぁ。高校生の時に欲しかった。

あと中国学では今激アツな分野である出版文化研究載せたい!

出版文化研究って?

中国では,唐~宋代あたりから印刷技術が発達して,文章を手書きで伝える写本の時代から,版木に彫って刷る版本の時代へと移行します。

それによって,従来よりもずっと手軽に,大量の情報を伝達できるようになるわけです。

そうした技術の発達によってもたらされた,さまざまな文化史上の変化を扱う研究のことです。

古文には「印刷技術の発展」というコラムがあるので,そうした内容を中国バージョンで,手厚く紹介したいのです!

具体的には,宋代に陳起という本屋の主人が,民間詩人の作品を中心に編んで刊行した「江湖集」というシリーズ。

収録された100余人の詩人は「江湖派」と呼ばれて,この時代を代表する詩派として注目されています。

 

江湖派とは - コトバンク

 

江湖とは,官界に対する「民間」の意味で,詩はもはやエリートだけが嗜む高尚なものではなくなったということを表しています。

また,同じころに刊行された『夷堅志』も面白いです。

 

夷堅志とは - コトバンク

 

巷に伝わる不思議な話をまとめた小説集なんですが,増補に増補を重ねた大部の著作で,当時のベストセラーでした。

正史には見られない,当時の社会風俗を写した記述が多く見られるので,貴重な史料としても扱われています。

あと,文人の全集の編纂についても紹介したいですね。

印刷の発明から,有名な文人の作品は全集の形でまとめられることが一般的になるんですが,時には新しい作品が見つかるたびに,何度も増補が繰り返されたりしました。

そんな中で興味深いのが,「売油翁」でおなじみの宋の欧陽脩の事例です。

欧陽脩の全集は,明代に出た増補本が長らく決定版として読まれていたのですが,近年,それまで知られていなかった彼の書簡が96編も,それも日本で発見されて,中国本土に大きな衝撃を与えました。

 

「欧陽修書簡」なぜ日本で発見?鎌倉幕府が南宋の最新版購入_人民中国

 

日本人が舶来の本を大事に保存していたおかげで,貴重な資料が失われずに済んだわけです。

この発見によって,いま欧陽脩の研究は大きく進展しているようですよ。

長いよ。

でもパッションは伝わった。

 

語りきれない。

 

いかがでしたでしょうか。

本連載は2時間に及ぶ座談会形式で対談した内容を3部に分けて記事にしました。

この記事に掲載しきれなかった内容もたくさんあります。

今後もこういった書籍編集者が語るこだわりの企画を続けていこうと思います。

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