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【リテラシーを育む】健康情報を評価するためのフローチャートの使い方や解説

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科学的リテラシーを会得しよう。 

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健康情報を評価するためのフローチャート

第一学習社が発行している「スクエア最新図説化学」という書籍には,しばしばTwitterなどで定期的に話題になるページがあります。それが上記画像(クリックで拡大できます)の『健康情報を評価するためのフローチャート』が掲載されているページです。

 

togetter.com

 

このページでは,ニセ科学や疑似科学の中でも我々の健康に直結する「健康情報を評価」するための解説図となっていますが,このフローチャートの考え方自体は,科学的リテラシーの醸成を目的として執筆編集されていて,広く応用がきくものとなっています。上記のまとめでも,『こういうのは学ぶべき』,『社会に出たらこれが大事』とまで感想をいただく上で,こうも思うのです。

『これは難しい』

そう,とても難しいのです。科学的リテラシーは疑似科学撃退に対して強力な武器である反面,使いこなすのには,『科学的リテラシースキル』が必要になるのです。

確かにハードルは高いです。しかし,これほど普遍的で役に立つものは,そう多くありません。そんな強力な武器を使いこなすためのポイントを,本記事ではフローチャートのステップごとに解説していきたいと思います。

健康情報の信頼性を評価するためのフローチャートのステップ

そもそも健康情報とはどういうものか?

例えば,「このサプリを飲めば血がさらさらになる!」とか,「一日5分〇〇するだけで痩せる!」といったものが思い浮かびます。そこで,健康情報とは「(人間において)何らかの行動が原因となり,健康になるという結果が得られる」といった情報だと考えることにしましょう。

そして,この記事で解説しているのは,「健康情報の根拠となる研究が信頼できるかどうか」を判断するための考え方です。

前置きが長くなってしまいましたが,いよいよ具体的にみていくことにします。

 

ステップ1:具体的な研究にもとづいているか?

ステップ2:研究対象はヒトか?

ステップ3:学会発表か?論文報告か?

ステップ4:定評のある医学専門誌に掲載された論文か?

ステップ5:研究デザインは「無作為割付臨床試験」や「前向きコホート研究」か?

ステップ6:複数の研究で支持されているか? 

 

科学的リテラシーは一朝一夕で身につくことはありません。文系理系も関係ありません。むしろ文系的に読解力が求められる場面も多いです。「あれ?これはおかしいのではないか?」と勘付けるようになってからがスタートです。それでは解説していきましょう。

ステップ1:具体的な研究にもとづいているか?

→はい,の場合は次のステップへ。いいえ,の場合はその段階で考慮に値しない。

ここでいう「具体的な研究」とはどんなものを指すのか。

まず第一に見なければならないのは「研究されているかどうか」。え,そこ?という声が聞こえます,分かります。でも,「効果があってほしい」や「あるはずです」のような一方的な願望で説明されていることだってあります。あるいは,はじめから人々をだます意図がある場合もあるでしょう。

また,実在する企業,大学,産学連携組織や研究機関の公式発表に基づいているかどうかは大事なチェックポイントです。

ステップ2:研究対象はヒトか?

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→ヒトの場合は次のステップへ。動物実験や培養細胞などの場合はそこまで。

ステップ1で確認した研究内容にザッと目を通してみましょう。健康や医療に関する文献であるなら,必ずその投薬や施術の調査対象が記載されているはずです。調査対象は,ヒト,即ち人間でしょうか?

例え,動物実験や試験管の中でどんなに素晴らしい結果が出たとしても,ヒトでも同じ結果が得られるとは必ずしも言えないので,注意が必要です。同様に,培養細胞(ヒトの細胞であっても)で得られた結果にも要注意。ヒトの体内環境と細胞を培養する際の環境は全く異なるので,安易に比較してはいけません。

ステップ3:学会発表か?論文報告か?

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→論文報告の場合は次のステップへ。学会発表の場合はもう少し待つ。

このステップの背景には,論文報告に比べ学会発表のハードルが低い,ということがあります。ただし,必ずしも学会発表の信頼性が低いというわけではありません。

学会で発表される研究には,始めたてのものや,途中経過のものも存在します。つまり,最終的な結論がまだ得られていない状態の研究もあるということです。

一方で,論文報告=学術誌への論文掲載には,ある程度研究がまとまってから発表するため,きちんと結論が導かれています。加えて,複数の専門家による査読が入ることで,研究の質が担保されています。


ステップ4:定評のある医学専門誌に掲載された論文か?

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→健康情報に関しては,たとえば世界五大医学雑誌に掲載された論文であれば,文句なしにOKでしょう。他にも信頼できる雑誌に掲載されていれば問題ありません。怪しげな雑誌に掲載されたものは話半分に読んでおきましょう。

New England Journal of Medicine,The Lancet,Journal of the American Medical Association,British Medical Journal,Annals of Internal Medicine

世界五大医学雑誌 - Wikipedia

実は,論文ならOKなのでは?というわけでもないのです。学術誌は多数存在しますが,有り体に言えばピンキリです。

ステップ3で少し触れたように,論文掲載に際し,査読というプロセスを経ることで研究の質を担保している,という建前になってはいます。しかし,実際には「出せば載る」ような雑誌もあります。だからこそ,信頼できる雑誌をきちんと把握し,自ら情報を取捨選択できるようになっておくことが重要です。

それでは,信頼できる雑誌というと,どんなものがあるでしょうか。上記の世界五大医学雑誌や,総合学術雑誌の「Nature」「Science」,生命科学関係では有名な「Cell」などが挙げられます。

余談ですが,どれも表紙が素晴らしいです。Cellは数年前に「ジョジョの奇妙な冒険」の荒木飛呂彦先生が表紙を手掛けたということもありました。

他にも,特定の分野に特化した専門誌は山ほどありますが,残念ながらここでは紹介しきれません。しかし折角なので,本記事に関連しそうな生物分野・化学分野で,弊社の編集部員に「高校生に勧めたい学術誌」を聞いて,下記にまとめて公式サイトへリンクしてみました。もちろん中身は英語ですが,科学の最先端が覗けます。

 

化学分野の学術誌

Angewandte ChemieJournal of the American Chemical SocietyChemical Communicationsなど

生物分野の学術誌

PNASEMBO journaleLifeCurrent Bioliogyなど

 

無料で読める学術誌は多くありません。掲載内容の確認には,大学の研究室や大きめの図書館に問い合わせてみたり,公的かつ信頼のおける情報ソースで,論文の掲載を確認するなどするのが良いでしょう。

※なお,本フローチャートはここが山場だと筆者は考えています。

ステップ5「研究デザイン」については,有力学術誌の査読の段階で行われていることは勿論,ステップ6「複数の支持があるか」についての先行研究との照らし合わせも同様であるからです。つまり5と6はレベル感的には,現役の研究者が目の前の研究内容を査読するプロセス,つまり専門的な作業領域であるためです。

 

ステップ5:研究デザインは「無作為割付臨床試験」や「前向きコホート研究」か?

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→研究デザインに問題がなければ次のステップへ,そうでないなら重視しない。

さて,一気に難しい単語が出てきました。そもそも単語を知らないと「ステップ5」が何を言っているかさえ分からないことかと思われます。

用語を解説してみます。(難しいので小見出し「つまりどういうことなのか」まで飛ばしてもOKです。)

 

用語解説

研究デザインは,実験手法――たとえば,被験者に対してなんらかの介入(薬を投与するなど)を加えるか,比較対照は存在するか,などなど――に応じていくつかの種類に分類されます。この研究デザインのなかに,無作為割付臨床試験前向きコホート研究といったものがあります。

研究は,なんらかの仮説を検証するために実施するものであり,仮説の内容に応じて,適切な研究デザインを選ぶことが重要になります。

 

無作為割付臨床試験では,被験者に対してなんらかの介入を加えます。その際,必ず何も介入しない対照群も設ける必要があります(これは疫学研究に限らずなんでもそうですね)。そして,被験者を,「介入を加えられる人=介入群」と「対照群」とに無作為=ランダムに割り付けます。

なぜ,介入群と対照群を無作為に割り付けるのでしょうか。それは,被験者の個人差が研究結果に与える影響をなるべく小さくするためです。不健康な人ばかりを介入群にし,健康な人ばかりを対象群とする,などというのはちょっとおかしい気がしますよね。個人差そのものをなくすことは不可能なので,個人差の偏りがなるべく少なくなるようにこうした方法がとられるのです。

 

前向きコホート研究とは,コホート※を,実験の実施から一定期間の間(=時間軸に沿って現在から未来に=前向きに)観察する,というものです。

※「集団」を意味するラテン語。被験者の集団ということです。

前向きコホート研究には,何らかの介入(=原因)とその効果(=結果)の因果関係が明確である,介入により効果が生じる確率がどの程度かがわかる,といった利点があります。現在から未来に向かって実験を行うため,データの収集に時間がかかってしまうというデメリットもあります。

 

ーー難しいですね。

 

つまりどういうことなのか。

ステップ5を噛み砕いて要約すると,「研究のデータを処理・解釈する」以前の「被験者の設定は適切か」・「データのとり方は適切か」という点に着目しましょう,ということになります。

 

具体的な例を挙げてみます。

「ある政治家Aの支持率」というデータを作りたいとします。本来であれば,有権者から無作為にサンプリングして調査しなければなりません。しかし「政治家Aの地元や出身校の卒業生」のみの集団で調査したところ,支持率が90%だったとしましょう。そして,政治家Aは「私は高い支持率を得ている」と発言したとしましょう。皆さんはこの政治家Aを信用しますか?しませんよね。

データの処理や解釈が正しくても,その前提が不適切なものであれば,ぜんぜん説得力がないのです。これがステップ5の核心です。

 

参考リンク

bellcurve.jp

www.twmu.ac.jp

best-biostatistics.com

 

ステップ6:複数の研究で支持されているか?

いよいよ最後のステップです。お疲れ様でした。

ステップ6については,定形の方法がないと考えています。というのも,ここまでのステップを通過してきたものは概ねステップ4までで大きくフィルタリングされており,調べていく中で複数の研究も目にすると思われます。それらの研究の内容がキチンと読めていれば,自ずと複数の支持があるか,不支持かは見えてくるはずです。

単にインパクト・ファクターが高い雑誌に掲載されていたり,論文の被引用回数が多いというだけでは,必ずしも複数の研究での支持とは言えません。このステップは,色々な論文を読み,それぞれの妥当性を検証していくなかで,徐々に明らかになっていくのものではないかと考えています。科学的リテラシーが養われますね。

 

参考リンク

www.lib.hokudai.ac.jp

 

まとめ

どうでしょうか,突然湧き出たような健康情報のほとんどは,概ね3~4までのステップを通過することができません。しかもまだステップが残っていて,最後までやってようやく『現在の解明されている科学で,受け入れられる結果である』ということができるのです。

「有名人が言っていたから」,「テレビでやっていたから」,「ベストセラーだから」,「新聞や雑誌で特集されていたから」だけでは,全く科学的根拠がありません。誰が言ったかではなく,何を言ったか。大事なのはそのプロセスなのです。

非常に難解な内容をなるべくスモールステップで解説したつもりですが,本フローチャートは一度通しただけでは身につかないと思われます。科学的リテラシーは一日にしてならずです。安易な情報に飛びつかず,普段から少しずつ,コツコツ学んでいきましょう。

 

本記事は第一学習社の「スクエア最新科学図説」からスピンアウトしたものです。理科副教材のご案内はこちらから。 

www.daiichi-g.co.jp

 

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