はじめに
この連載では、広い学びへ興味をもつきっかけを作る目的で、第一学習社の編集者が見かけた興味深い論文や研究を不定期に紹介していきます。
論文というのは、学びの最先端がまとめられたとても面白いものです。しかし、大学の研究以外では、日常的に触れることは多くありません。また、内容も難解なものが多いです。しかしそのハードルを越えれば、自分の目で見る世界の解像度が、少し明瞭になっているはずです。
なお、本記事では版権の都合上、画像の多くをAI作画サービス「MEMEPLEX」を利用して作成しております。
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今回紹介するのはこちらの論文です。
「女児向けアニメにみる新自由主義時代の社会的規範-『プリキュア』シリーズを手がかりに」
甲南女子大学の木村至聖先生が、大学の紀要に発表したものです。
木村先生は、産業遺産が専門の先生ですが、この論文では、子ども向けアニメ(特に女児向け)に含まれた社会的規範や倫理に注目し、分析をしています。
用語解説
プリキュア
2004年の『ふたりはプリキュア』からはじまり、現在まで放送されているテレビアニメシリーズです。先日(2023年2月5日)放送がスタートした『ひろがるスカイ!プリキュア』は、プリキュア20作品目の節目となる作品です。
『プリキュア』シリーズは、女の子たちの憧れであることはもちろん、一話完結のストーリーの中にもメッセージが込められており、大人も楽しめると、たびたびインターネット上で話題になります。
新自由主義
ネオリベラリズムとも呼ばれます。
政府の経済への介入を最低限とし、自由競争のもと経済の効率化と発展を実現しようとする考え方です。イギリスのサッチャー元首相が行った国営企業の民営化政策などに、この考え方が反映されています。現在の、国境を越えたグローバルな資本主義は、新自由主義の考え方を世界にまで広げたものだとも言えます。
フェミニズム
男性中心主義とたたかってきた思想運動です。倫理の教科書や資料集で、必ず学習する項目になります。
フェミニズムの歴史は、教育や雇用の機会増大や参政権の獲得を目指した第1波フェミニズム、性差別の克服をめざした第2波フェミニズム、民族や国籍の壁をこえて女性たちが連帯しようとする第3波フェミニズムに区分されます。
また、「#Me Too」をはじめとしたSNSの活用や、著名人のメッセージ発信などの草の根運動が盛んになった2010年代以降を、第4波フェミニズムと呼ぶこともあります。
読んでみよう
さぁ、上記の知識がインプットされた状態で、実際に論文を読んでみましょう。
『プリキュア』ないしは、女児向けアニメから読み取れるメッセージとは何なのでしょうか。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
子ども向けアニメを紐解くと、社会の変化とそれにともなう女性観の変化、作り手の思いと葛藤など、社会を映し出す鏡のようなものであることがわかりました。
筆者は下記のようなポイントが面白いと感じました。
『プリキュア』シリーズは、女児たちの多様な「夢」を応援し、「努力」を勧めることで新自由主義社会に適合的な社会的規範を内面化させ、「社会化」する装置としての役割を果たしていると言えそうである。
(p.178<PDF12ページ目>)
『おジャ魔女どれみ』世代の筆者にとって、『セーラームーン』や『プリキュア』などの戦う女の子のアニメは身近な存在です。
しかし、筆者の母親が子どものころ夢中になった『ひみつのアッコちゃん』は、当時の男性中心的な社会とせめぎあいながらも、憧れを追い求める女性たちのすがたを明らかにしたものでした。戦う描写はありません。
『セーラームーン』以降は、「強く」なった女の子たちが、戦うことで問題を解決するすがたが描かれます。「仲間」の存在も、それまでの女児向けアニメとの大きな違いでしょう。
フェミニズムの時代の転換と、これまで女性たちが勝ち取ってきた成果が、アニメのストーリーに表出しているのです。
かつては、女の子は受動的な存在として描かれてきましたが、だんだんと、能動的に自己決定する女の子が描かれるように変わってきた点は大変興味深いです。
プリキュア生みの親が語るヒットの背景、時代と共に女児の自立を応援し15年 | ORICON NEWS
互いの「夢」を認め合い、挫折すれば励まし合うそんな連帯の可能性が、ここでは示唆されているのではないだろうか。
(p.178<PDF12ページ目>)
今を生きる子どもたちへ伝えたい制作陣からのメッセージ、そして木村先生も伝えたいメッセージなのだと感じました。
まずは「自己を見つめ」、そして「他者を認める」ことが、2020年代の子どもたちの社会的規範や倫理となっていくでしょう。
『プリキュア』で、「自分らしく」生きること、「仲間」と支え合うことを学んだ子どもたちが、これからどのように成長していくのかが楽しみですし、大人になったときには、きっと『プリキュア』が心の支えとなるはずです。
認め合うことで結束力が生まれる。「プリキュア」に学ぶ女子の友情 – シーソー|曖昧な私の未来を見つけるキャンパスマガジン by甲南女子大学
おまけ
2023年からスタートした、今作の『ひろがるスカイ!プリキュア』には、メインキャラクターとして、初の男の子のプリキュア(※)が、そして初の成人のプリキュアが登場するそうです。
※メイン以外では2018年の「HUGっと!プリキュア」ゲストでキュアアンフィニが登場している。
まさに、「自分らしく」生きることを、子どもたちに伝える作品になるのだと思います。
社会の今を映してきた『プリキュア』は、これからどう変化していくのでしょうか。
そして、『スーパー戦隊』シリーズや『仮面ライダー』についても、調べたくなってきました…。