第一コラムラボ

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【論文を読む】新宿二丁目におけるゲイ・ディストリクトの空間的特徴と存続条件

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Portland, Maine residents carry the large rainbow flag down Congress Street during the annual Pride parade

 

はじめに

この連載では,広い学びへ興味をもつきっかけを作る目的で,第一学習社の編集者が見かけた興味深い論文や研究を不定期に紹介していきます。

論文というのは,学びの最先端がまとめられたとても面白いものです。しかし,大学の研究以外では,日常的に触れることは多くありません。また,内容も難解なものが多いです。しかしそのハードルを越えれば,自分の目で見る世界の解像度が,少し明瞭になっているはずです。

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今回,紹介するのは都市地理学の分野からこちらの論文です。地理学という視点から,日本最大のゲイ・ディストリクトである新宿二丁目の成り立ちや,その今後を考察する論文になります。

www.jstage.jst.go.jp

都市地理学は地理学の一分野であり,都市の急激な発達により発生する都市特有の課題(ゴミ問題・騒音・交通事故など)を研究していく過程で,集落地理学という分野から派生しました。空間を読み解く地理的な側面と,社会課題を考える現代社会的な側面を持ち合わせた学問といえます。

まずは抄録を見てみましょう。

本稿は,日本最大のゲイバー集積地である新宿二丁目を対象として,ゲイ・ディストリクトの発達モデルを参照しながら,ゲイ・ディストリクトの空間的特徴と存続条件を検討した.ゲイバーの立地傾向の分析,ゲイバー経営者やテナント供給者への聞き取り調査の結果,新宿二丁目では,ゲイバーの経営方針によって店舗の立地に差異がみられ,コストを抑えるリース店舗の存在やカミングアウトの軽減,物件供給に携わるキーパーソンの存在によって維持されている一方で,ゲイ・ディストリクトの消失につながる地域住民との緊張関係も潜在的に存在していることが明らかになった.ゲイ・ディストリクトとしての新宿二丁目は,発達モデルおよびそのモデルに対する批判的論文において示された特徴を部分的に有しており,このことは各都市のゲイ・ディストリクトをより広い枠組みで解釈する必要があることを示唆している.

読み進めるにあたって,用語として「ゲイ・ディストリクト」,「空間的特徴」,「発達モデル」あたりの理解が必要なように思います。とりあえずこれらを調べてみることにします。

用語解説

ゲイ・ディストリクト

見慣れない単語ではありますが,文脈上難しくないですし,英単語に置き換えることで簡単に理解できます。つまりGay(男性同性愛者の)District(地区)です。本論では男性の同性愛者たちの集住が見られる地域を指しています。ゲイバーやナイトクラブといったゲイ・カルチャーに関連するテナントが多くあります。

日本においては,本論テーマにもなっている新宿二丁目が最も有名で大きいですね。

 

空間的特徴

文字通り空間的な特徴のことです。地理学では「空間」の語を,一般の3次元的な意味合いではなく,事象の水平的広がりに着目した2次元的なものとして捉えています。

事象の水平的な広がり,つまり立地や分布に対して用いられることが多く,分析の結果明らかになった立地や分布の特徴が空間的特徴といえます。本論でも新宿二丁目内のテナントの立地・分布について述べられています。

 

発達モデル

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モデル図例(人口の転換によって変化する人口ピラミッド)

人口の転換によって人口ピラミッドの形が変化していくモデル図などは,高校の地理の授業で習った方も多いのではないでしょうか。

地理学では事象を「条件」→「発生/誕生」→「発達」→「衰退/統合」などの一連の流れをモデルにしてあらわす場合もあり,本論でもゲイ・ディストリクトの発達を段階に分けて説明されています。

 

読んでみよう。

さぁ,上記の知識がインプットされた状態で,実際に論文を読んでみましょう。

www.jstage.jst.go.jp

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

新宿二丁目というコミュニティがどのような特徴を持っているのか,どうやって維持されているのかが,よく分かったのではないでしょうか。

そして筆者は以下のような感想を持ちました。

 

「地理学の典型的な調査方法であり,実際に地域調査を行う上で参考になる」

 

本論は,性的少数者の街と言われる新宿二丁目を調査対象地としたものです。掲載された雑誌は『都市地理学』であり,地理学という学問の一分野の内容を扱っていることはわかりますが,タイトルだけを読むと,地理学と関係しているの?という疑問を感じるかもしれません。しかし,研究の手法に注目すれば,地理学の基本がしっかりと押さえられた調査を行って書かれた論文あることが分かります。

 

1つめに,地理情報システム(GIS:Geographic Information System)を用いて考察を行っている点です。

GISとは,コンピュータで地図上に地形や分布などの複数の情報を重ね合わせ,地域や事象の特徴を分析・考察しようとするものです。2022年度から始まる高等学校の「地理総合」の科目でも注目ポイントとされています。

www.jstage.jst.go.jp

例として,本論の図2では,新宿二丁目におけるゲイバーの立地を地図上に表現しており,作成した地図を用いて出店傾向を考察しています。

 

2つ目に,地道なインタビュー調査を実施して,オリジナルのデータを収集している点です。

論文を執筆する上では,統計情報などを用いて分析・考察を行うことも大切な要素ですが,それだけでよい調査になるとは限りません。本論では,新宿二丁目振興会の会長や,不動産業者などにインタビューをし,出店の詳細な理由や,各店舗の戦略について当事者たちの生の声を聞くことをしています。

「自分の足でデータを稼ぐ」という,地理学の基本にして王道の調査方法を用いており,地域調査を行う上での参考になるだけでなく,著者の須崎氏の確かな努力を感じることができます。

 

また,こういったゲイ・ディストリクトを成り立ちから知ることで,LGBTにまつわる社会課題を理解する重要性も感じました。

SDGsの目標のひとつでもあり,メディアでも取り上げられることの多いジェンダーの話題。2030年の目標達成に向けて,日本ではまだまだ足りない点がたくさんあるのではないかと感じることが多々あります。

私たち一人ひとりが,まずはジェンダーの多様性について理解を深めることからはじめなくてはならないと感じます。 

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オランダ・アムステルダムのゲイ・ディストリクト(2016年,筆者撮影) LGBTの象徴であるレインボーフラッグを掲げた店舗が,同じ通りに集まって出店しています。

 

最後におまけ。

記事の執筆にあたり,Googleストリートビューで街の様子を眺めていたら,興味深いオブジェを見つけました。以下のURLから見ることができます。

https://www.google.co.jp/maps/@35.690824,139.7083914,3a,75y,219.33h,91.5t/data=!3m6!1e1!3m4!1s6MvGlIeuZUEfFGaNzT_ffA!2e0!7i16384!8i8192?hl=ja

www.google.co.jp

外国人観光客もターゲットにしたのであろう,虹色の鳥居。ここにはどんなメッセージが込められているでしょうか。