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【海外ニュースを読む】There is such a thing as society, says Boris Johnson from bunker

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Canary wharf, london, united kingdom

 

Introduction

この連載では,教科書では採り上げられないような,海外の不思議で面白いニュースやタイムリーなニュースを紹介していきます。ちょっとした息抜きに読んで(先生なら授業のアイスブレーキングに使って)みるのはいかがでしょうか?

今回は2020年の記事になります。『英国・ジョンソン首相が「社会が存在する」と発言する』という記事です。「社会が存在する」というのは一体どういうことなのか,なぜその発言が驚きを呼んだのか,解説していこうと思います。

 

www.theguardian.com 

まずは気楽に読んでみましょう!

この英文記事の解説は,歴史的な側面も交えながら,下記Pickupに続きます。

 

 

Pickup

ここでは読解のポイントになる単語や文法事項,背景の文化を引用+解説の順で紹介していきます。本文記事のパートごとに見出しで分けています。記事と合わせて読むことで理解を更に深められます。

Lead

Self-isolated PM uses video message to self-consciously contradict Thatcher mantra

PM: Prime Minister「首相」の略語です。文脈から判断しましょう。記事のタイトルでは,このような略語が使われることがあります

mantra:「祈りや瞑想などで唱えられる言葉」のことをマントラ(密教の用語ですね)と呼ぶようですが,転じてここでは「くり返し口にする信念,主張」の意味で解釈するとよいでしょう。

 

Body texts

Boris Johnson has stressed that “there really is such a thing as society” in a message released he is while self-isolating with Covid-19, in which he also revealed that 20,000 former NHS staff have returned to help battle the virus.

NHS: National Health Service「国民保健サービス」イギリスの国営医療制度です。

 

The prime minister chose to contradict his Conservative predecessor Margaret Thatcher’s endorsement of pure individualism made in 1987, when the then PM told a magazine: “There is no such thing as society.”

conservative: 「保守主義の」

There is no such thing as ... : 「…なんてものは存在しない」

 

Margaret Thatcher’s endorsement of pure individualism ...から分かるように,「鉄の女」ことマーガレット=サッチャー英首相(1979~90年在任)は純粋な個人主義を支持していました。それを表す彼女の言葉として,“There is no such thing as society.”『社会なんてものは存在しない』が示されています。

彼女のこの言葉,よく覚えておいてくださいね~。

 

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Margaret Thatcher Foundation, CC BY-SA 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0 , via Wikimedia Commons

さて,この言葉,新自由主義の考え方を背景としています。

1929年の世界恐慌以降,自由放任主義(レッセ・フェール)を基本とする資本主義経済に危機感を抱くようになった人々は,政府が積極的に経済に介入する修正資本主義へと移行していきました。

当時のイギリスも,鉄鋼や運輸などの基幹企業を国有化し,「ゆりかごから墓場まで」面倒をみる充実した社会保障制度を打ち出すなど,「大きな政府」としてさまざまな政策をおこなっていました。

しかし,ここで問題が……

何から何まで政府が手を出し,口を出し,お金を出し……としているうちに,行政機構はどんどん肥大化し,慢性的な財政赤字に陥ってしまったのです。

国有企業の赤字や人々の勤労意欲の低下により,イギリスは「英国病(イギリス病)」とよばれる状態にまでなってしまいます。

この状況を打破するものとして注目されたのが,もう一度「小さな政府」に立ち戻ろうとする新自由主義の考え方です。

 

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London Street (1980) / CC BY-SA 2.0 https://www.flickr.com/photos/alanburnett/19452091852/

この新自由主義の考えをもとに,サッチャー首相はサッチャリズムとよばれる政策を展開。多くの国有企業を民営化し,金融ビッグバンなどの規制緩和をおこないました。

『社会なんてものは存在しない』という言葉の背景には,このようなイギリスの歴史があったのでした。

この歴史を考えると,サッチャー首相の言葉には,「何もかも政府が面倒をみてくれるような『社会なんてものは存在しない』んだから,自分のことは自分で面倒を見なさい!!!」という意味が込められているように感じます。

 

 

In his video message, Johnson said: “We are going to do it, we are going to do it together. One thing I think the coronavirus crisis has already proved is that there really is such a thing as society.

時は流れて2020年,イギリスのジョンソン首相は,Covid-19が... there really is such a thing as society.「社会というものが存在する」ことを証明したと発言しました。

 

……ん~~~~~???

サッチャーは『社会なんてものは存在しない』言うてたやろ!

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言うてたやろ!

ということで,ジョンソン首相の発言が驚きをよんだ理由はここにあります。

何といってもジョンソン首相,サッチャー首相と同じ保守党所属で,彼女とはいわゆる先輩・後輩関係。

その思想もサッチャー首相に近く,新自由主義的政策を展開してきたジョンソン首相が,偉大な先輩の言葉を引用しつつ,真っ向から否定した,というわけです。

なぜ,ジョンソン首相はこのような発言をしたのでしょうか?

以下の英文を読んでみると答えが見えてきます。

 

Johnson has continued to command the response to the Covid-19 pandemic while sealed behind closed doors in his flat above No 11 Downing Street.

sealが「密封する」という意味なので,while sealed behind closed doorsは「(閉まったドアの後ろに密封されて)→密室に閉じこもって」と解釈します。密室にいた理由はジョンソン首相本人が感染者だったからです。

 

In the self-shot video, the prime minister said the public appeared to be obeying the terms of the lockdown to slow the spread of the disease, saying train use was down 95% and bus use down 75%.

lockdown: Covid-19の流行によって世界各地で実施された都市封鎖のことを指します。

 

“Just this evening I can tell you we have 20,000 NHS staff coming back to the colours.

イギリス英語ではcolorをcolourと綴ります。本記事の原典になっているThe Guardinan紙はイギリスの代表的な日刊紙です。

 

It’s a most amazing thing. And that’s in addition to the 750,000 members of the public who have volunteered to help us get through this crisis.”

amazing thingの説明になります。NHSの多くの元職員が復帰したこと,そして多くの一般市民もボランティアとしてこの危機に立ち向かおうとしていることがジョンソン首相の胸を打っているように見えます。

 

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St Giles', Oxford, UK, Published on February 14, 2021 / ステイホーム,命を守ろう,NHSを守ろうと呼びかける電光掲示板

 

ことさらに「自助」が強調される現代において,人々のこのような動きはジョンソン首相にどのような考えをもたらしたのでしょうか。

 

Johnson’s message came after the nation was warned by the deputy chief medical officer for England, Dr Jenny Harries, that normality may not resume for at least six months.

長くて構造がつかみにくいですが,the nation was warned ... that nomality may not resume for at least six monthsのようにwarn that ...「…だと警告する」の形をクリアにすると読みやすくなります。

 

これまで,新自由主義に基づく政策を展開してきたジョンソン首相ですが,自身も新型コロナウイルスに感染し,NHSによる医療を受けるなかで,「社会に頼らず,自分のことは自分で面倒をみる」という新自由主義の考えだけでは立ちいかないこともあると感じたのかもしれません。

 

ジョンソン首相が『社会なんてものは存在しない』という新自由主義の考えを端的にあらわした言葉を否定する発言をしたのには,このような背景があったのでした。

 

古今東西,政治家の発言には重みがあるものです。

記事のように,ときに発言の裏には過去の引用などが含まれることがあります。そのときに,引用元を知っていると知らないでは,メッセージに含まれる意図の理解度が大きく変わってくると思います。こういった近代史や国際政治の知識も念頭におきながら,英語記事も読んでいきたいですね。

 

なお,本稿の執筆にあたっては,以下の書籍・サイトを参考にしました。

『最新政治・経済資料集』(2021年) 第一学習社 192ページ

www.daiichi-g.co.jp

 

www.nishinippon.co.jp

 

hodanren.doc-net.or.jp