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【ざっくり分かる】フィールズ賞2022 ,どんな人がどんな理由で受賞した?

アルキメデスの肖像が描かれたメダル。ラテン語で「己を高め、世界を捉えよ」と刻まれている。

 

2022年7月5日,数学界において最も権威のある賞の1つであるフィールズ賞の受賞者が発表されました。

会議は当初ロシアで開かれる予定でしたが,ロシアによるウクライナ侵攻を受けオンライン方式に変更となり,授賞式がフィンランドで開かれることになりました。

そもそもフィールズ賞とは?

「数学界のノーベル賞」とも呼ばれるフィールズ賞。

カナダの数学者 ジョン・チャールズ・フィールズ(1863-1932)の提唱で,若い数学者のすぐれた業績を讃え,その後の研究を励ますことを目的に作られました。

賞の授与は4年に一度2~4名に限られ,さらに年齢は40歳以下という厳しい制限がついており,大変重みのある賞と言えます。

このルールの唯一の例外となったのは,フェルマーの最終定理を証明したアンドリュー・ワイルズ教授。証明当時はすでに42歳でしたが,その業績の重要性から,45歳で特別表彰を受けました。

 

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専門性が高く解説するのは難しいので,受賞された4名の数学者達の生い立ちや,受賞内容をざっくりとご紹介します。

 

Hugo Duminil-Copin(ユーゴ―・デュミニル=コパン)

Ruf, Tatjana, CC BY-SA 2.5, via Wikimedia Commons
  • 出身:フランス シャトネーマラブリー
  • 所属:ジュネーブ大学,フランス高等科学研究所
  • 専門:確率論,統計物理学など

【受賞理由】統計物理学における相転移(特に3次元と4次元)の確率論の長年の問題を解決した。

フランスのフィールズ賞受賞は14人目で,これはアメリカと並んで最多の数になっています。

 

コパン教授は学生時代から,物理現象を理解する面白さと,数学の厳密性の両方に魅力を感じていました。

師範学校では数学と物理の両方を選択することができましたが,2つに手を出すのは危険な賭けだと思い,当初の目的であった数学の先生になることを目指し,数学を続けることを選びました。

しかし修士課程に入ってから,確率論の厳密性と物理学への好奇心の両方を満たすことができる,統計物理学という分野に出会い,研究に没頭するようになったそうです。

 

相転移(水が氷になったり水蒸気になったりするように,同じ物質であっても,おかれた環境に応じて物の様態が変わる現象)について,確率論を用いて研究した結果が今回の受賞につながりました。

 

許埈珥(ホ・ジュ二)

ICM 2018, CC BY-SA 4.0 , via Wikimedia Commons
  • 出身:アメリカ合衆国 カリフォルニア州
  • 所属:プリンストン大学
  • 専門:グラフ理論など

【受賞理由】ホッジ理論の考え方を用いて組合せ論の分野で多数の難問を解決した。

韓国出身初の受賞者となった許教授(国籍はアメリカ)。

約50年にわたり解かれなかった難題「リード予想」を大学院時代に証明し,他にも同僚と共に「ロタ予想」を解くなど,数学界に数々の衝撃を与えてきました。


そんな許教授ですが,学生時代は数学の成績は今一つで,特に関心があったわけでもなかったそうです。

詩を書くために高校を退学しソウル大に入りましたが,数学だけではなく物理学・天文学も専攻していました。

数学の道に進むきっかけとなったのは,興味本位で受講した,日本のフィールズ賞受賞者である広中平祐教授の講義だったそう。

「リアルタイムで人が数学を『やっている』のを見たのは初めてで,広中教授に出会うまでは,数学は出会うはずもない遥か昔の遠く離れた誰かが書いた,本の中にあるものだった」と語っています。


また,多くの人々との出会いや繋がりが数学の成果の根源であると話す許教授。

それを「自分が地下の巨大な菌類のネットワークで結ばれたキノコのような,大きくて複雑な古代構造の,小さくて単純な一部分であると感じる」と表現しています。詩人を夢見た許教授ならではの独特な表現ですね。

 

James Maynard(ジェームズ・メイナード)

Petra Lein, Copyright is MFO, CC BY-SA 2.0 DE , via Wikimedia Commons
  • 出身:イングランド チェルムズフォード
  • 所属:オックスフォード大学
  • 専門:数論など

【受賞理由】解析的整数論に貢献し,素数の構造理解とディオファントス近似の理解に大きな進歩をもたらした。


こちらは数学的な内容が比較的分かりやすいかもしれません。

連続する素数間の差が2の素数のペアを,双子素数といいます。

3と5,5と7,11と13など

 

素数が無限に存在することは,過去の記事でご紹介した通りです。

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では,双子素数は無限に存在するのでしょうか?


数が大きくなると,素数を見つけるのですら大変なのに,双子素数なんてもはや存在しないのでは...?と感じるかも知れませんが,「差が2の素数の組は無限に存在する」と予想されています。

「双子素数予想」

差が2の素数の組は無限に存在する。

差が2の場合は難しそうなので,差をもっと広げて考えてみましょう。数が大きくなると,素数の間隔はどこまでも離れていくのでしょうか。

この問題について,2013年に張益唐ザン・イータン氏は
隣り合った素数の隔たりが7千万以下のものが無限組存在する
という画期的な証明を発表しました。

目指している差の”2”には及びませんが,連続する素数の間隔が有限(7千万以下)であるということが証明できたのですから,これはとても大きな進歩と言えます。


そしてすぐ後の2014年,メイナード教授はこの間隔を大幅に狭め,

差が600以下の素数の組が無数に存在する

ことを証明しました。

※現在では,この間隔は600→246まで狭められています。


メイナード教授は,自身の研究結果があまりに良すぎるように見え,どこかで間違っているのでは?と不安になったそうです。

1つ先の素数までの間隔について考えてきましたが,素数が何個先であっても,必要になる区間の幅が一般的に計算できることも証明しています。

その他にも数多くの優れた業績が評価され,今回の受賞につながりました。

 

Maryna Viazovska(マリナ・ヴィヤゾフスカ)

 

PetraLeinによる元の写真, CC BY-SA 2.0 DE, via Wikimedia Commons
  • 出身:ウクライナ キーウ
  • 所属:スイス連邦工科大ローザンヌ校
  • 専門:数論など

【受賞理由】球充填問題を8次元と24次元で解決したことや,フーリエ解析における極値および補間問題への更なる貢献が評価された。


最後にご紹介するのは,女性としては2014年のマリアム・ミルザハニ氏以来2人目の受賞となったマリナ・ヴィヤゾフスカ教授。

突然ですが,段ボールにみかんを詰めるとき,どう置くと最も効率良く詰め込むことができるか考えたことはありますか?

このように,合同な球をなるべく密に詰め込む配置方法を見つけることを「球充填問題」といいます。

「球充填問題」

ある空間について,最も密度の高い球の配置方法を見つける問題。

 

~2次元の場合~

2次元では,球は円になります。下図のように,1つの円の周りに6つの円が接するよう配置した場合が最密になることが証明されています。

 

~3次元の場合~

次に3次元の場合を考えてみましょう。

高等学校の化学では,単位格子について学びますね。

おもな結晶格子として体心立方格子面心立方格子六方最密構造がありました。

 

面心立方格子,六方最密構造の充填率は\frac{\pi}{\sqrt 18}(≒74%)となり,この配置が最密になりそうだと,直観的には予想できます。


このことは,1611年にドイツの天文学ヨハネス・ケプラーによって予想されていました。

これを「ケプラー予想」といいます。

ケプラー予想(※現在は証明済)

等しい大きさの球で空間を充填するとき,密度が最も大きくなる並べ方は面心立方格子または六方最密充構造である。

このケプラー予想ですが,証明されるまで約400年もの歳月を要した,数学的にはとてつもなく難しい問題でした。さらに証明には,コンピューターでのプログラム計算が駆使されました。

 

このように長い間3次元までしか証明されていなかった球充填問題ですが,なんとヴィヤゾフスカ教授は8次元の球充填問題を証明しました。さらにその後,共同研究者らと共に24次元についても解決してしまいました。

参考サイトのリンクは記事末に貼っておきますので,興味ある方はそちらをご確認ください。

ちなみに,8次元では約25%,24次元では約0.19%が最密充填率となるそうです。意外と?スカスカになるんですね。

ウクライナ出身の数学者として

ヴィヤゾフスカ教授の出身はウクライナのキーウ。インタビューでは難民の窮状について訴えています。

ウクライナの大勢の子供たちが欧州へ向かい,異なる言語の中で全く異なる教育システムに適応することを余儀なくされています。(中略)
失われたものを取り戻すことは不可能であり,この戦争がもたらす結果に何世代にもわたって苦しむことになるのです。

【出典】IMU Fields Medal 2022 Maryna Viazovska Interviewより(PDFが開きます)

おわりに

いかがでしたでしょうか。

意外にも学生時代は数学が苦手だった方もいたようです・・・なんなら詩人志望の人もいました。

共通して言えるのは,数学だけでなく他の分野にも興味を持つことや,周りの人との関わりを大切にすることが,新しいアイデアを生むきっかけとなる,ということかも知れません。

次の受賞者が発表されるのは4年後の2026年。

誰がどんな業績で受賞されるのか,今から楽しみですね。

参考サイト